東京高等裁判所 平成5年(う)480号 判決
被告人 佐藤輝保
〔抄 録〕
第一 訴訟手続の法令違反の控訴趣意について
所論は、原判示第三の事実について、被告人は、ファミリー健康ランド「ゆの郷」で休養をとっていたところをいきなり多数の警察官に取り囲まれて所持品の呈示を要求されたので、この要求を拒否したところ、警察官らは被告人の着用していた浴衣のポケットに手を入れ、さらに被告人の口の中に指を入れ、首を押えつけるなどし(そのため被告人は、口中から出血させられ、さらに歯を二本折られたものである。)、被告人の口中から本件覚せい剤を引っぱり出したのであり、右は職務質問に伴う所持品検査において許容される限度を超えた有形力の行使であって違法であり、かかる違法な捜査によって取得された証拠には証拠能力がないのに、これらの証拠を事実認定の用に供した原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続の法令違反があるというのである。
そこで、原審記録及び証拠物を調査して検討するに、原審取調べにかかる関係各証拠によれば、被告人は、平成五年一月一四日右ファミリーランドに投宿中従業員に対して部屋からセカンドバックが盗まれた旨申告したので、右従業員が館内を捜索しトイレの中でこれを発見したが、右従業員が被告人の物かどうかを確認すべくその内部をあらためたところ覚せい剤らしき物が入っていたこと、右従業員はその後右セカンドバックを被告人に手渡したが、支配人に右事情を報告したので、右支配人がこれを警察に通報し、かけつけた警察官らが右支配人や右従業員からさらに事情を聴取したうえ、翌一五日午前零時四五分ころ、右ファミリーランドの二階のマッサージ機に座っていた被告人に対して職務質問を開始したこと、警察官らが被告人に対して「盗まれたバックのことなどにつき事情を聞きたい。」旨申し向けると、被告人は、「聞きたいのはバックの中身のことだろう。あれはシャブじゃない。砂糖だよ。」などといっていたが、警察官が身元を尋ねても被告人はなかなかこれに応じようとはしなかったこと、警察官らがさらに説得すると、被告人はしぶしぶ着用していた浴衣の左胸ポケットから二つ折りの財布をとり出し、その中に入っていた自動車運転免許証を示すことによって身元を明らかにしたが、被告人がなおも右手を浴衣の左胸ポケットに差し入れていたので、不審に思った警察官の一人が「何かそこに入ってんの。」と尋ねると、被告人はやにわに右手をポケットから出して口のところに持ってゆき、何かを口に入れるような仕草をしたうえ、上体を床に伏せるようにし、そのはずみで被告人の左胸ポケットから注射器が転がり出たこと、これを見た警察官らは、それまでの経緯や被告人の言動からして、被告人が口に入れたのは覚せい剤の粉末であると直感し、証拠を保全し、かつ、被告人の生命身体に対する危険を防止するためには、これを吐き出させなくてはならないと判断して、被告人の上体に手をかけてこれを引き起こし「出せ。そんな物飲むとどうなるか分からないぞ。」と声をかけたが、被告人は歯をくいしばり、手足をばたつかせて抵抗したので、一人が被告人の顎を手でおさえ、他の者が被告人の手足を押えるなどして、被告人の抵抗を排除し、被告人が嚥下しようとするのを阻止したところ、観念した被告人は「出すよ。洗面所に行かせてくれ。」といったので、被告人を洗面所に連れて行ったこと、被告人は、右洗面所にくると、洗面台に向かい、自らの指を口の中に入れて口の中に入れていた物を引っ張り出し、これを握りしめながら、「お前らの欲しい物はこれだろう。」といいつつ、これを差し出そうとはしなかったが、やがて警察官らの説得に応じて「浴けちゃったろ。これじゃ公判維持出来ねえ。」といいつつ、にやにやしながらこれを警察官らに差し出したこと、差し出された物を見ると覚せい剤らしき物の入った、ファスナー付きのビニールパケであったが、右パケには若干の破損が見られ、かつ、これに血液様のものが混じった唾液が付着していたので、警察官らは被告人が右パケのファスナーか何かで、くいしばった際に若干の出血をしたことを知ったが、被告人はあくまでも「これは砂糖である。」旨言い張ったので、覚せい剤予試験によって覚せい剤であることを確認したうえ被告人を現行犯人として逮捕するとともにこれを差し押えたことを、それぞれ認めることができる(なお、被告人は、当審にいたり、口中より覚せい剤を取り出された際に歯が二本折れた旨供述するが、被告人は原審においては右のようには供述しておらず、また、関係者の供述からしても、右のような事実がなかったことは明白であって、右供述は信用できない。)。これらの事実にかんがみるとき、警察官らのとった有形力の行使は、証拠物を保全し、かつ、被告人の生命、身体を守るために行なわれた必要最小限度のものであり、被告人の行動から発生した、当時の切迫した状況のもとではやむをえない、相当のものであったと認められるのであって、職務質問に伴ない許されるところの有形力の行使の限度を逸脱した、違法ないし不当なものとは到底いえず、所論は採用できない。論旨は理由がない。
(小泉 日比 伊藤)